武蔵国足立郡を本拠とする御家人。源頼朝の挙兵に初期から参加し、鎌倉幕府の成立に貢献した武将の一人である。軍功だけでなく行政能力にも優れ、幕府の中枢機関である公文所(後の政所)の寄人に任じられて実務を担った。当時の御家人が武力一辺倒であった中、文武両道の御家人として頼朝の信任を篤く得た。幕府の基礎的な行政機構の整備にも携わり、鎌倉幕府が単なる武家政権を超えた統治機構へと発展する過程を支えた。1199年に頼朝が没すると十三人の合議制の一員に選ばれ、北条・大江ら有力者と並んで幕府の集団指導体制の一翼を担った。生没年は不詳であるが、12世紀後半から13世紀初頭にかけて活躍した実務官僚型の御家人であった。