弘治元年(1555年)に生まれ、幼少より徳川家康に仕えた。元亀元年(1570年)の姉川の戦い、天正3年(1575年)の長篠の戦いなど数々の合戦に従軍し、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは池田元助を討ち取る武功を挙げた。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いでは使番として従軍し、その後は本多正純・成瀬正成らとともに家康の側近として初期幕政に携わった。元和3年(1617年)に遠江掛川城主となり、元和5年(1619年)、家康の十男・徳川頼宣が紀州藩主として和歌山に入ると、直次は紀州藩付家老として田辺に3万8千石を与えられ田辺城に入った。以後、明治維新まで安藤氏が代々田辺城主を務め、紀伊田辺藩の基礎を築いた。寛永12年(1635年)、81歳で没した。