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PERSON
朝倉宗滴
朝倉宗滴
戦国越前の名将
1477-1555 · 享年 78歳
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生涯
1477年、越前朝倉氏の一族として生まれた。第5代当主・朝倉貞景の兄弟として、そして第6・7・8・9代の四代の当主に軍事顧問として仕えた。加賀の浄土真宗門徒による一向一揆が越前への侵攻を繰り返す中、宗滴は延べ三十数度にわたる合戦で最前線を指揮し続けた。朝倉家の軍事的脅威の中心が加賀一向一揆であったこの時代、宗滴は朝倉軍の要として不可欠な存在であった。また越後の長尾景虎(上杉謙信)とは戦国屈指の軍事的理解者として互いを認め合い、若き謙信の上洛を支援した。1555年、78〜79歳の高齢でなお加賀への出陣途中に陣中で病死した。臨終の際、後継者となる若き義景について「懸念される」と述べたとも伝わる。遺言的な武士の心得をまとめた「朝倉宗滴話記」は、戦国武将の思想を伝える一級の史料として今日も評価される。特に「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」の言葉は戦国武将の現実主義を象徴する名言として知られる。
人物像
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」の名言で知られる現実主義者。高齢になっても衰えぬ闘志と知略で朝倉家を支え続けた。
歴史的意義
朝倉家の軍事的支柱として一族を支え続けた老将。宗滴の死後、朝倉氏は急速に衰退し、信長に滅ぼされた。「朝倉宗滴話記」は戦国武将の心構えを伝える貴重な文献として高く評価されている。
逸話・エピソード
朝倉宗滴の遺言——「武士は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候」
朝倉宗滴(宗滴話記)に記された言葉「武士はただ武辺を嗜む事肝要に候。武士は犬ともいえ、畜生ともいえ、勝つことが本にて候」は、戦国武将の本質を鋭く突いた名言として後世に語り継がれている。宗滴は越前朝倉家の老将として67歳まで現役の将として各地を転戦した。1555年、最後の遠征となった越中・一向一揆との戦いの途中で病に倒れ、越前への帰国の途中で没した。没後、「宗滴話記」が弟子によってまとめられ、戦国武将論の一級資料として今も参照される。
─ 完 ─
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