足利成氏
足利成氏
初代古河公方
1434-1497 · 享年 63歳
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古河城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
足利成氏を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
古河城
茨城県
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生涯
永享6年(1434年)生まれ。第5代鎌倉公方。文安4年(1447年)に鎌倉公方に就任したが、関東管領上杉氏との対立が続いた。享徳3年(1455年)、上杉憲忠を御所に招いて謀殺し享徳の乱が勃発。上杉方の反攻で鎌倉を維持できず、下総国古河へ本拠を移し、長禄元年(1457年)に修築なった古河城に入城した。以後「古河公方」と呼ばれ、約40年間にわたり古河城を拠点に関東に号令した。文明14年(1483年)、幕府と和睦(都鄙合体)し鎌倉公方としての地位を承認される一方、鎌倉復帰は断念した。明応6年(1497年)、古河にて64歳で没した。子孫は政氏・高基・晴氏・義氏と続き、古河公方は約130年間存続した。
人物像
若くして父・兄を将軍家との対立で失い、自身も関東管領上杉氏との抗争に生涯を費やした。鎌倉から古河への本拠移転という決断力と、約40年にわたり古河公方体制を維持した統治力を併せ持った。
歴史的意義
古河城を約130年続く古河公方の本拠として確立し、古河の町の基礎を築いた。古河公方の系譜は成氏の子孫である政氏・高基・晴氏・義氏へと引き継がれ、関東の戦国史に大きな影響を与えた。
─ 完 ─
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