足利義明
足利義明
小弓公方・国府台合戦に散った足利一門
生年不詳-1538 · 享年 1538歳
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1 ヶ所
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小弓城
千葉県
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生涯
古河公方・足利政氏の子として生まれ、早くから出家し鶴岡八幡宮若宮別当を務めた。永正の乱で父と兄・高基が対立すると還俗し、永正14年(1517年)10月15日、上総武田氏(真里谷信清)の支援を受けて千葉氏重臣・原胤隆らを破り下総国小弓城を占拠した。翌永正15年(1518年)、自ら「小弓公方」を称して古河公方(兄・高基)と対抗した。天文7年(1538年)10月7日、北条氏綱との第一次国府台合戦で敗死し、弟・基頼と嫡男・義純も討死した。
人物像
古河公方家という足利一門の権威を背景に、自ら新たな公方を名乗る大胆さを持った人物。房総の諸勢力を糾合し、後北条氏という新興勢力に真っ向から対抗した点に戦国期特有の実力主義がうかがえる。
歴史的意義
小弓公方という独自の権威を打ち立て、房総の戦国動乱を象徴する人物となった。その死後、小弓城は旧領主・原氏の手に戻り、生実城として再興された。
─ 完 ─
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