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PERSON
篤姫
篤姫
天璋院
1836-1883 · 享年 47歳
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生涯
薩摩藩の分家・今和泉島津家に生まれ、薩摩藩主・島津斉彬の養女となった。斉彬は徳川幕府に影響力を持つために篤姫を利用する政略を立てており、近衛家(五摂家の一つ)の養女を経て、1856年に第13代将軍・徳川家定の御台所(正室)として江戸城大奥に入った。家定の早世後は「天璋院(てんしょういん)」と号し、大奥の実質的な主として幕末の激動を統率した。戊辰戦争では故郷薩摩藩が討幕側に立ちながらも、「徳川家の人間」として大奥女中たちを守り抜く姿勢を崩さなかった。江戸城明け渡しに際しては徳川家存続のために奔走し、朝廷側の「和宮親子内親王」とも協力して徳川宗家の断絶を回避した。維新後は増上寺・上野寛永寺への参拝を欠かさず、質素な暮らしの中で徳川家の行く末を見守り続けた。1883年に48歳で没した。NHK大河ドラマ「篤姫」(2008年)で広く知られる。篤姫(天璋院)が徳川家の存続に果たした役割は、2008年のNHK大河ドラマ「篤姫」で宮崎あおい主演のもと描かれ、年間最高視聴率を記録した。
人物像
薩摩隼人の気質を持ちながら徳川の家風を身につけた芯の強い女性。政治の荒波の中で大奥を守り、嫁ぎ先である徳川家への義理を生涯貫いた。聡明で気丈な人柄であった。
歴史的意義
薩摩と徳川という対立する二つの家の間で、義理と誇りを貫いた生涯は多くの人に感銘を与えた。2008年のNHK大河ドラマ「篤姫」で広く知られるようになった。
逸話・エピソード
大奥での孤軍奮闘——皇女和宮と江戸城無血開城の陰の立役者
篤姫は1856年に島津家から徳川家に嫁ぎ、13代将軍・家定の正室となった。夫の早逝後も大奥の最高権力者として影響力を持ち続けた。戊辰戦争(1868年)では江戸城開城に反対する強硬派を説得し、勝海舟の交渉を側面から支援したとされる。また14代将軍継嗣問題では一橋慶喜を推薦して幕末政局に深く関わった。明治時代も江戸城(皇居)内に住み続け、1883年に49歳で没した。NHK大河ドラマ「篤姫」(2008年)での宮崎あおい主演で広く知られている。
─ 完 ─
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