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PERSON
近松門左衛門
近松門左衛門
日本のシェイクスピア
1653-1725 · 享年 72歳
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生涯
越前国に武士の子として生まれたとされるが、出自には諸説ある。若くして京都の公家に仕えた後、浄瑠璃の世界に入り、竹本義太夫と組んで大坂・竹本座を拠点に人形浄瑠璃の黄金時代を築いた。1703年の「曽根崎心中」では醤油屋の手代・徳兵衛と遊女・お初の実際の心中事件を題材に「世話物(庶民の物語)」という新ジャンルを確立し、大坂町人社会の義理と人情を生き生きと描いた。上演後に心中が流行したほど社会的影響を与えた作品である。「国性爺合戦」「心中天網島」など100作以上の浄瑠璃と数十の歌舞伎作品を残した。「虚実皮膜論」——芸術の真実は虚と実の皮膜の間にある——という独自の芸術理論は日本文学・演劇の思想的支柱となり、近代演劇理論の先駆とされる。「日本のシェイクスピア」と称され、没後300年を経た今も作品が上演され続けている。近松の作品は現代でも各地の文楽・歌舞伎の舞台で上演されており、日本の古典演劇の中でも最も重要なレパートリーの一つとして生き続けている。
人物像
義理と人情の葛藤を描く天才的な劇作家。虚実皮膜の間に芸術の真実があるという独自の芸術論を持ち、庶民の喜怒哀楽を深い共感をもって描いた。
歴史的意義
日本演劇史上最大の劇作家として、人形浄瑠璃・歌舞伎の発展に決定的な貢献をした。「虚実皮膜論」は日本の芸術理論の基礎となり、作品は現在も上演され続けている。
逸話・エピソード
心中天網島——恋と義理に引き裂かれた人間の悲劇を描いた傑作
近松門左衛門は「義太夫節」の竹本義太夫と組んで数多くの浄瑠璃・歌舞伎を創作した。代表作は「曽根崎心中」(1703年)と「心中天網島」(1721年)で、いずれも実際の情死事件を素材にした。当時、情死を美化するとして幕府が規制したにもかかわらず、その人気は衰えなかった。近松は「虚実皮膜論」(フィクションと現実の皮一枚の隔たりにこそ芸術がある)という独自の芸術論を展開した。「日本のシェイクスピア」と称される近松の作品は今も上演され続けている。
─ 完 ─
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