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PERSON
重源
重源
東大寺再建の大勧進
1121-1206 · 享年 85歳
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生涯
1121年(異説あり)、紀伊国出身の僧。若くして出家し、入宋を三度果たして宋朝の最新仏教・建築技術を学んだ。帰国後は各地で修行を続け、熊野・高野山・四天王寺など聖地を巡礼した。1180年11月、平重衡の南都焼討によって東大寺・興福寺が灰燼に帰した。この大災厄を受け、後白河法皇は61歳の重源を東大寺大勧進(復興総責任者)に任命した。重源は全国を行脚して勧進(資金・材料の寄進集め)を行い、源頼朝からも大規模な支援を引き出した。宋から技術者・陳和卿を招き、日本には存在しなかった「大仏様(天竺様)」と呼ばれる豪壮な建築様式を導入した。この工法は現在も東大寺南大門に見ることができる。大仏殿の大仏は1185年に開眼供養が行われ、南大門の仁王像(運慶・快慶作)は1203年に完成した。重源は1206年、86歳で入寂するまで25年以上にわたって復興事業を指揮し続けた。
人物像
驚異的な行動力を持つ実践的僧侶。61歳で大事業を引き受け、25年間休むことなく復興に邁進した。交渉力・組織力に優れた中世のプロジェクトマネージャー。
歴史的意義
東大寺南大門と金剛力士像(運慶・快慶作)は重源の事業の結晶。大仏様建築は日本建築史に革新をもたらした。中世最大の復興プロジェクトを成し遂げた偉人。
逸話・エピソード
61歳で東大寺大勧進に就任——25年間休まず続けた復興事業
1180年に平重衡が東大寺を焼討にし、大仏殿が灰になったとき、後白河法皇は61歳の重源を復興総責任者(大勧進)に任命した。重源は全国を行脚して資金・材木の寄進を集め、源頼朝からも大規模な支援を引き出した。宋から技術者・陳和卿を招いて「大仏様(天竺様)」という豪壮な建築様式を導入し、1185年の大仏開眼、1203年の南大門仁王像完成まで25年以上指揮し続けた。86歳で没するまで仕事を止めなかった。
─ 完 ─
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