大宝寺義興
大宝寺義興
丸岡兵庫頭・大宝寺氏18代当主
1554-1587 · 享年 33歳
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生涯
庄内地方の戦国大名・大宝寺氏17代当主・大宝寺義氏の弟として生まれる。「丸岡兵庫頭」を称し、櫛引郡の丸岡城を居城とした。兄・義氏は元亀2年(1571年)に家老・土佐林禅棟を滅ぼして庄内統一を進めたが、天正11年(1583年)、義氏が家臣の反乱により自害すると、義興が家督を継いで大宝寺氏18代当主となり、本拠を尾浦城に移した。上杉景勝の後ろ盾を得て庄内支配を維持しようとしたが、天正15年(1587年)、最上義光と結んだ重臣・東禅寺義長の謀反により尾浦城で自害に追い込まれた。享年34。
人物像
兄の急死という混乱の中で家督を継ぎ、庄内の統治を守ろうとしたが、家臣の離反により非業の最期を遂げた悲運の当主。
歴史的意義
義興の丸岡城在城時代から尾浦城時代にかけての大宝寺氏は庄内支配の最盛期にあったが、彼の死後、庄内は最上氏と上杉氏の争奪の地となり、大宝寺氏の独立大名としての歴史は事実上終わりを迎えた。
─ 完 ─
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