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PERSON
伊達成実
伊達成実
伊達の猛将
1568-1646 · 享年 78歳
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生涯
1568年、伊達輝宗の弟・伊達実元の長男として生まれ、伊達政宗の従兄弟にあたる。幼少期から政宗と共に育ち、両者は兄弟以上の絆で結ばれた。「鬼の成実」の異名を持つほどの猛将で、摺上原の戦い(1589年)では先鋒として奮戦し、政宗の奥州制覇に最も貢献した武将の一人である。1591年の葛西大崎一揆の鎮圧にも参加。しかし1595年頃、政宗との間に確執が生じ突然出奔した。諸説あるが、豊臣秀吉から別家を立てるよう誘われたことへの対応が原因とも伝わる。九年もの離反期間の後、1604年に帰参を許され、政宗の右腕として復帰した。仙台藩成立後は亘理1万8千石を領し、亘理伊達氏の祖となった。武勇のみならず知性にも優れ、伊達家の合戦と政宗の行動を記録した「伊達成実記」を著した。これは伊達氏の歴史を伝える一次資料として今日も高く評価される。1646年に79歳で没した。亘理伊達氏の祖として仙台藩を支えた成実の子孫は明治維新後に北海道伊達市に移住し、今日の伊達市の名はこの一族に由来している。
人物像
猛勇一辺倒ではなく、思慮深さと義理人情を兼ね備えた武将。政宗への忠義は深く、一時出奔しても最終的には帰参して主君を支え続けた。「伊達成実記」を著したことからも、知性と記録への関心を持っていたことがわかる。
歴史的意義
亘理伊達氏の祖として、仙台藩の重要な支藩を形成した。その武勇は伊達家随一と称され、戦国期の伊達の急速な勢力拡大を戦場で支えた功績は大きい。「伊達成実記」は伊達家の歴史を伝える一次資料として今日も重要視されている。
逸話・エピソード
「独眼竜の影武者」——政宗の生涯を支えた従兄弟の忠義
片倉景綱と並んで伊達政宗の双璧をなす重臣・伊達成実は、政宗の父・輝宗の従弟として生まれた。幼少期から政宗と兄弟のように育ち、政宗が家督を継いだ後は常に最前線に立った。奥州仕置の後に一時出奔するという波乱もあったが、政宗の説得で帰参し、関ヶ原・大坂の陣でも活躍した。成実は政宗の右腕として実戦面を担い、片倉が謀略を担う「文武の両輪」として機能した。政宗が仙台に拠点を移した後も重臣として仕え、亘理伊達氏の祖となった。
─ 完 ─
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