息子・政宗のために命を捨てた父——誘拐事件と畠山の悲劇
1585年、伊達輝宗は家督を政宗に譲った後も相談役として活動していた。同年10月、旧主家に当たる畠山義継が人質返還の交渉のために輝宗を訪れた。しかし義継は突如として輝宗を拉致し、連行しようとした。報を受けた政宗は追撃軍を出したが、義継が輝宗を盾に取った形となった。対峙した政宗はついに「父ごと打て」と命令し、輝宗もろとも畠山義継の一行に鉄砲を浴びせ、輝宗は流れ弾に当たって絶命した。この悲劇的な事件は「粟子の渡し事件」とも呼ばれ、政宗の非情さと決断力を示す逸話として語り継がれる。