伊達朝宗(藤原朝宗)
伊達朝宗(藤原朝宗)
中村城主・伊達氏の祖
1129-1199 · 享年 70歳
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伊達朝宗(藤原朝宗)を訪ねる
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生涯
大治4年(1129年)生まれ。藤原北家山蔭流の一族。保元元年(1156年)、下野国芳賀郡中村荘(現・栃木県真岡市)に下向し、中村八幡宮の南東に館(中村城)を築いてこれを管理し「中村太郎」と称した。治承4年(1180年)の源頼朝挙兵に参じ、文治5年(1189年)の奥州合戦では朝宗の4人の息子たちが前衛として出陣、藤原泰衡方の最前線基地であった信夫郡石那坂の城砦を攻略し、大将・佐藤基治を生け捕りにする戦功を挙げた。この功により朝宗は激戦地・阿津賀志山を含む陸奥国伊達郡を地頭として拝領し、これを機に「伊達」姓を称した。次男・宗村(為重)が伊達郡を継いで奥州の名族・伊達氏の祖となり、三男・資綱は下野中村を相続して下野中村氏の直系となった。建久10年(1199年)、71歳で没した。
人物像
一族を挙げて頼朝方につき、息子たちを先陣に立てて奥州合戦の激戦を勝ち抜いた、決断力と統率力を兼ね備えた武将。
歴史的意義
奥州合戦の戦功により伊達郡を得て「伊達」を名乗ったことで、後に独眼竜・伊達政宗を輩出する奥州の名門・伊達氏の礎を築いた。本拠とした中村城は下野中村氏に受け継がれ、県指定史跡として現存する。
さらに深く
家系図
本人
伊達朝宗(藤原朝宗)
1129-1199
次男
不詳
伊達宗村(為重)
陸奥国伊達郡を継承し、伊達氏2代目当主となった。
─ 完 ─
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