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PERSON
土肥実平
土肥実平
頼朝を救った忠臣
?-1191 · 享年 61歳
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生涯
相模国土肥郷(現・神奈川県湯河原町)を本拠とする御家人。平安末期から相模の豪族として地盤を持ち、1180年の源頼朝挙兵に当初から参加した功臣の一人である。石橋山の戦いで頼朝軍が大敗すると、頼朝を真鶴付近の椙山に誘導し、大木の洞に隠して平家方の追手から救ったという逸話は特に有名である。この命懸けの救出により頼朝からの信頼は絶大となった。安房への渡海後も頼朝に付き従い、関東平定・平家追討に奔走した。1184年の一ノ谷の戦いでは搦手軍に加わり平家軍を攻めた。山陽道方面の平氏追討では諸国の押さえとして機能し、戦後に安芸・周防などの守護に任じられた。頼朝死後も幕府に仕えたが、1191年頃に没したとされる。子の遠平は後に小早川氏の祖となり、その系譜は戦国時代まで続いた。
人物像
忠義一筋の武将。石橋山の敗戦時も頼朝を見捨てず命懸けで守り抜いた。目立たずとも主君に尽くす古武士の鑑とされる。
歴史的意義
石橋山での頼朝救出の逸話は鎌倉幕府創建の最も劇的な場面の一つ。湯河原町には土肥氏ゆかりの史跡が残り、地元で顕彰されている。
逸話・エピソード
石橋山の大木の洞——頼朝を救った命懸けの隠匿
1180年8月、石橋山の戦いで源頼朝の軍は平家方に大敗した。土肥実平は敗走する頼朝を真鶴付近の椙山に誘導し、大木の洞の中に頼朝を隠して追手から救ったという。平家の追手が眼前に迫る中での隠匿は、一歩間違えれば実平の命も危ぶまれる行為であった。この命懸けの救出により頼朝の生命が救われ、以後の幕府成立へとつながった。実平の子・遠平は後に小早川氏の祖となり、その家系は戦国時代の小早川隆景まで続いた。
─ 完 ─
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