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PERSON
円珍
円珍
智証大師・天台寺門宗の祖
814-891 · 享年 77歳
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生涯
弘仁5年(814年)讃岐国(香川県)に生まれた。母は弘法大師空海の姪にあたる。15歳で比叡山に登り、天台座主初代の義真に師事した。承和5年(838年)に入唐を志し、853年に渡海して天台山国清寺・長安青龍寺などで天台教学と密教を修学した。帰国後、園城寺(三井寺)を天台別院として再興し、唐から持ち帰った経典類を唐院に収蔵した。貞観10年(868年)に天台宗第五代座主に就任し、23年にわたり宗門を率いた。寛平3年(891年)78歳で入滅し、延長5年(927年)に「智証大師」の諡号を賜った。
人物像
天台と密教を自在に融合する博学多才な学僧。空海の血縁でありながら天台宗を選び、入唐求法の情熱と寺院経営の手腕を兼ね備えた。
歴史的意義
円珍の門流と円仁の門流の対立は、後に天台宗を山門派(延暦寺)と寺門派(園城寺)に分裂させた。円珍関係文書典籍はユネスコ「世界の記憶」に登録されており、日中文化交流の貴重な史料である。
逸話・エピソード
円珍と智証大師——唐から密教を学んだ天台の高僧
円珍(智証大師)は円仁(慈覚大師)と並んで「入唐八家」に数えられる天台宗の高僧で、853〜858年に唐(中国)で密教を学んで帰国した。比叡山延暦寺に多くの密教経典・儀軌を持ち帰り、天台密教(台密)の発展に大きく貢献した。また三井寺(園城寺)を中興し、延暦寺の「山門派」と三井寺の「寺門派」に分かれる天台宗分裂の要因ともなった。
─ 完 ─
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