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淵辺義博
像
淵辺義博
淵野辺の地頭・護良親王殺害の武将
生年不詳-1335頃 · 享年 1335歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
淵野辺城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
地
淵辺義博を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
城
淵野辺城
神奈川県
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生
生涯
南北朝時代、淵野辺村(現・相模原市)の地頭。足利尊氏の弟・直義の家臣。建武2年(1335)、直義の命により鎌倉で後醍醐天皇の皇子・護良親王を殺害したと『太平記』に記される。その後、中先代の乱で直義に従い駿河国で北条方(北条時行)と戦い戦死したと伝わる。
人
人物像
主君直義の命に忠実に従った武将として『太平記』に描かれる。
義
歴史的意義
護良親王殺害は南北朝動乱における足利氏内部の緊張を象徴する事件として知られる。淵野辺城跡には現在「淵辺伊賀守之碑」が残る。
─ 完 ─
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