豊前国中津藩(大分県)の下級武士の家に生まれる。大坂の緒方洪庵の適塾で蘭学を学び、後に英語に転向した。幕末に三度渡欧米し、議会政治・司法制度・病院・新聞社など西洋文明の仕組みを『西洋事情』として紹介した。1868年に慶應義塾を創設し、生涯在野を貫いて官職への就任を固辞した。「学問のすゝめ」では「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と封建的身分制度を根底から否定し、実学と独立自尊の精神を広めた。全17編は合計340万部を超えるベストセラーとなり、当時の日本人口の約10人に1人が読んだとも言われる。「文明論之概略」では西洋文明を相対化し、日本独自の文明発展の道を論じた。新聞「時事新報」を創刊して論壇でも活躍し、女性教育・社会改革の重要性も説いた。1984年から2024年まで旧一万円札の肖像を務め、日本の知識人の象徴として親しまれた。享年66歳。慶應義塾は今日も国際的な研究大学として発展し続けており、福澤の「独立自尊」の精神は脈々と受け継がれている。