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PERSON
古田織部
古田織部
織部焼の祖・利休後の天下の茶頭
1544-1615 · 享年 71歳
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生涯
1544年に美濃国の武将の家に生まれた。若くして千利休に入門し、利休七哲の一人として数えられた。1591年に利休が切腹を命じられた後は、豊臣秀吉・徳川家康に茶頭として仕え「天下一の茶人」と称された。二代将軍秀忠の茶の師も務めた。利休の静謐なわびを継承しつつも、意図的に歪めた造形や鮮やかな緑釉が特徴の「織部焼」を創出するなど、自由奔放で革新的な美意識「へうげもの」の茶を展開し、茶道に全く新しい方向性を示した。歪み・破調・意外性を美の要素とした織部の茶風は後の近代美術にも影響を与えるとされる。1615年の大坂夏の陣後、豊臣方への内通の嫌疑をかけられ、徳川家から切腹を命じられた。享年72歳。
人物像
「へうげもの」と称される破格の美意識の持ち主。利休の静謐なわびに対し、歪みや破調に美を見出す革新者。自由奔放で既成概念に囚われない創造性を持つ。
歴史的意義
織部焼は独特の歪みと大胆な緑釉で現在も愛されている。利休の「静」の美に対する「動」の美を打ち出し、茶の湯の多様性を広げた功績は計り知れない。
逸話・エピソード
織部焼の創始
利休亡き後の茶道を率いた。歪んだ形や大胆な緑釉を特徴とする「織部焼」を生み出し、利休のわびとは異なる自由奔放な美意識を確立した。
大坂の陣で切腹
大坂の陣で豊臣方への内通を疑われ、切腹を命じられた。茶人でありながら戦国の権力闘争に巻き込まれた悲劇。
─ 完 ─
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