40歳の若死に——豊臣政権が最も惜しんだ若き天才大名
蒲生氏郷は織田信長の小姓から身を起こし、信長の娘を娶って信長の後継者・秀吉にも重用された。1591年に会津92万石という大封を得て奥州の押さえとなったが、1595年にわずか40歳で病死した。秀吉は氏郷の死を深く悼んだとされる。氏郷は武将としての才能だけでなく、茶道(利休七哲の一人)・和歌・城郭建築にも優れた文化人でもあった。若くして没したために「もし氏郷が生きていれば天下はどう変わったか」という仮定の歴史論議を後世に残し、戦国史上最も惜しまれた若き英傑の一人とされる。