源頼朝は後白河法皇を「日本第一の大天狗」と評した。天狗とは人を誑かす妖怪であり、頼朝が法皇の巧みな権謀術数を称して(あるいは怖れて)呼んだ言葉である。清盛・義仲・義経・頼朝と四人の強大な武将を次々と利用し、最終的に自らの権力を守り続けた法皇は、まさに時代最大の政治的生存者であった。
後白河法皇は今様(流行歌謡)に異常なほど熱中し、夜を徹して歌い続けた。自ら「今様の道は我が一身に始まり、我が一身に終わる」と言うほどの入れ込みようで、声が嗄れるまで歌い続けたという。その成果として千余首の歌謡を集めた『梁塵秘抄』を編纂し、平安末期の庶民文化を後世に伝えた。
頼朝から「日本一の大天狗」と評された策謀家。平氏と源氏を巧みに操り、院政を通じて30年以上にわたり朝廷の実権を握り続けた。
今様(いまよう)と呼ばれる流行歌を愛好し、自ら歌謡集「梁塵秘抄」を編纂。「遊びをせんとや生まれけむ」の一節は平安末期の時代精神を象徴する。