character/[id]

PERSON
後白河法皇
後白河法皇
日本第一の大天狗
1127-1192 · 享年 65歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
1127年、鳥羽天皇の第四皇子として生まれた。皇位継承の見込みは低かったが、1155年に近衛天皇が後継ぎなく急死したため即位した。在位わずか3年で二条天皇に譲位し、以後30年以上にわたって院政を主導した。保元の乱(1156年)では後白河院方として勝利し、平治の乱(1159年)では源義朝の反乱を平清盛の力で鎮圧した。源平合戦の時代には清盛・頼朝・義経を巧みに操り、自らへの権力集中を図り続けた。義経を頼朝打倒に利用しようとし、頼朝との長年の駆け引きの末に屈した。1192年に崩御する直前まで政治を動かし続けた。今様(流行歌謡)を異常なほど愛好し、千余首を収めた歌謡集『梁塵秘抄』を自ら編纂した。頼朝から「日本第一の大天狗」と評された策略の達人であり、30年以上の院政で朝廷政治の中枢に君臨し続けた。1192年に66歳で崩御。
人物像
権謀術数に長けた政治家でありながら、今様に心酔する風流人でもあった。敵味方を巧みに入れ替え、常に自らの権力基盤を維持する老獪さを持っていた。
歴史的意義
院政の全盛期を体現した天皇。源平合戦という大動乱を生き延び、朝廷の権威を守り抜いた。『梁塵秘抄』は中世日本文学の貴重な遺産である。
逸話・エピソード
頼朝に「日本第一の大天狗」と呼ばれた策士
源頼朝は後白河法皇を「日本第一の大天狗」と評した。天狗とは人を誑かす妖怪であり、頼朝が法皇の巧みな権謀術数を称して(あるいは怖れて)呼んだ言葉である。清盛・義仲・義経・頼朝と四人の強大な武将を次々と利用し、最終的に自らの権力を守り続けた法皇は、まさに時代最大の政治的生存者であった。
今様に狂った天皇——『梁塵秘抄』の編纂
後白河法皇は今様(流行歌謡)に異常なほど熱中し、夜を徹して歌い続けた。自ら「今様の道は我が一身に始まり、我が一身に終わる」と言うほどの入れ込みようで、声が嗄れるまで歌い続けたという。その成果として千余首の歌謡を集めた『梁塵秘抄』を編纂し、平安末期の庶民文化を後世に伝えた。
日本一の大天狗
頼朝から「日本一の大天狗」と評された策謀家。平氏と源氏を巧みに操り、院政を通じて30年以上にわたり朝廷の実権を握り続けた。
梁塵秘抄
今様(いまよう)と呼ばれる流行歌を愛好し、自ら歌謡集「梁塵秘抄」を編纂。「遊びをせんとや生まれけむ」の一節は平安末期の時代精神を象徴する。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U