天保11年(1840年)に生まれた。五島(福江)藩11代にして最後の藩主。父・盛成の代の弘化3年(1846年)に常灯鼻、嘉永元年(1848年)に防波堤の築造が進められ、幕府から異国船来航に備えた海防目的の築城が許可されていた。盛徳は家督を継いだ後、文久3年(1863年)にこの築城工事を完成させ、五島氏の居城・福江城を完成させた。海に面して直接海水を引き込む「海城」としての構造を持ち、幕末の海防思想を体現する城として知られる。明治維新後の廃藩置県により藩主の地位を失い、明治8年(1875年)に没した。