character/[id]

PERSON
後藤象二郎
後藤象二郎
土佐藩家老・自由民権の推進者
1838-1897 · 享年 59歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
土佐藩士の家に生まれ、山内容堂の信任を得て藩政の中枢に立った。坂本龍馬の提案を受けて大政奉還建白書を立案し、藩主・容堂を説得して将軍・徳川慶喜への提出を実現させた(1867年)。これが大政奉還の直接の契機となり、幕末政局の転換点となった。明治維新後は新政府に参加し、参議・工部卿・逓信大臣などを歴任した。1873年の明治六年の政変で下野した板垣退助とともに自由民権運動を推進し、「民撰議院設立建白書」(1874年)の提出に参加した。後に立憲自由党を結成し、国会開設運動を主導した。晩年は伊藤博文内閣で農商務大臣を務めた。その実務能力と調整力は高く評価され、土佐出身の政治家として幕末から明治にかけて一貫して重要な役割を担い続けた。1897年8月4日に59歳で没した。大政奉還への貢献は坂本龍馬・中岡慎太郎と並んで土佐が近代日本に与えた最大の贈り物の一つである。
人物像
実務的で交渉力に優れ、龍馬のアイデアを現実の政治に落とし込む能力を持った。藩主・容堂への説得力は特筆に値し、理想と現実を橋渡しする調整者として活躍した。
歴史的意義
大政奉還建白書の立案により幕末政治の最重要場面で決定的な役割を果たした。自由民権運動への参加は明治民主主義の発展に貢献し、板垣退助とともに土佐民権派の双璧とも言われる。
逸話・エピソード
後藤象二郎と大政奉還——龍馬の構想を実現させた土佐藩の切り込み隊長
後藤象二郎は土佐藩の参政として幕末政治に深く関わった。1867年、坂本龍馬から「船中八策」と「大政奉還」の構想を聞き、これを山内容堂に説いて幕府への建白書提出を実現させた。この大政奉還建白書の提出が、11月の徳川慶喜による大政奉還という歴史的決断を引き出す最大の契機となった。明治維新後は自由民権運動にも参加し、板垣退助とともに土佐民権派の柱となった。後藤は「龍馬の夢を実現させた実務家」として評価され、大政奉還という平和的政権移行の功績は後世に高く評価されている。
名言
「民権を持たない民は奴隷と変わりなし」
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U