1526年、尾張国海東郡の土豪の家に生まれた。木曽川・長良川流域を根城とする川並衆(川の武士・水運業者集団)の頭領として、独自の勢力を誇っていた。1558年頃に若き日の木下藤吉郎(後の秀吉)と出会い、意気投合して以来の盟友となった。1566年に信長が尾張を制圧すると両者は信長の傘下に入り、1567年の墨俣一夜城の築城伝説では小六が川並衆を率いて木材・資材を素早く集めたと伝わる。その後も秀吉の出世とともに各地を転戦し、播磨・但馬攻めや中国攻めで功績を挙げた。個人としての大名領地は求めず、息子の家政に阿波国を継がせることで十分とした。自己顕示欲のない義侠心は秀吉も深く信頼した人柄だった。秀吉が天下統一を成し遂げる前の1586年に61歳で病没した。