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PERSON
塙保己一
塙保己一
盲目の国学者・『群書類従』編纂者。ヘレン・ケラーが「私の先生」と仰いだ人物
1746-1821 · 享年 75歳
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生涯
武蔵国児玉郡(現・埼玉県本庄市)に生まれた塙保己一は、5歳のころから眼病を患い、7歳で完全に失明した。しかし絶望には沈まなかった。15歳で江戸に出て検校(盲目の最高位)を目指し、国学・和学を学んで天才的な記憶力と学識を磨いた。彼が生涯をかけて成し遂げた仕事は空前絶後の規模を持つ。絶滅の危機にあった日本古典籍を全国から収集し、「群書類従」(全530冊)を41年の歳月をかけて完成させた。現代的に言えば、一人でウィキペディアの日本古典版を作ったようなもので、その情報量は後世の研究者にとって替えのきかない宝となっている。保己一の名を世界に広めたのは、意外なことに米国の盲目の教育者ヘレン・ケラーだった。1937年に来日したケラーは「私が視聴覚障害を乗り越える勇気を持てたのは、塙保己一という方がいたからです。私の先生サリバン先生も保己一先生をとても尊敬していた」と述べた。目の見えない一人の少年が、41年という気の遠くなるような時間をかけて日本文化の遺産を後世に伝えた——その執念は時代と国境を超えて人を動かす。
人物像
逆境に屈しない不屈の精神と、桁外れの記憶力・集中力。失明という絶対的なハンディを「そういうものだ」と受け入れ、むしろ聴覚と記憶に特化した能力を磨いた。学問への純粋な献身と、文化遺産を残すべきという使命感が、41年の大事業を支えた。
歴史的意義
「群書類従」は日本最大の私撰叢書として、国文学・国史・歌道・法制など広範な分野の古典を収録し、後世の研究者・文化人が拠り所とする不滅の業績となった。ヘレン・ケラーが言及したことで国際的にも認知された最初の日本の障害者文化人の一人であり、困難に挑む人々の永遠の模範となっている。
逸話・エピソード
群書類従——41年をかけた日本古典の大集成
塙保己一は7歳で失明しながら、41年の歳月をかけて530冊に及ぶ日本古典叢書「群書類従」を編纂した。全国各地から絶滅寸前の写本を収集し、国文学・歴史・法制などあらゆる分野の古典を保存した。1937年に来日したヘレン・ケラーが「保己一先生のことを知ったからこそ、私は障害を乗り越える勇気を持てた」と語り、その名は世界に広まった。
名言
「目が見えぬとも、耳と心で世界は見える」
「学問に終わりはない。ただ積み重ねあるのみ」
この人物のクイズ
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