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PERSON
原敬
原敬
平民宰相・初の本格的政党内閣首相
1856-1921 · 享年 65歳
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生涯
陸奥国岩手郡盛岡(現・岩手県盛岡市)の南部藩士の家に生まれる。明治維新後、薩長藩閥が政権を独占する中、東北出身者として苦労しながら外務省・内務省などで官吏を務めた。伊藤博文の支持のもと立憲政友会の組織強化に尽力し、1918年に第26代内閣総理大臣に就任した。爵位を持たない「平民宰相」として庶民に親しまれた。党人出身者として初めて首相に就任し、政党政治の定着に大きく貢献した。「積極政策」を掲げ、鉄道・道路の整備、高等教育の拡充など内政の充実を図った。一方で普通選挙には消極的で、小選挙区制を維持して政友会の利益を守った。シベリア出兵(1918年)や米騒動への対応、朝鮮の三・一独立運動への対応など、難しい問題にも直面した。1921年11月4日、東京駅でホームを歩いていたところを山手線の駅員・中岡艮一に刺殺された。享年65歳。日本の民主主義発展史における重要人物であり、「憲政の神様」尾崎行雄とともに日本政党政治の礎を築いた。
人物像
粘り強く現実主義的な政治家。薩長藩閥への対抗心を燃やしながらも、感情に流されず着実に政党政治の基盤を構築した。庶民に親しみやすい「平民宰相」のイメージを意識的に演出した一面もある。
歴史的意義
日本初の本格的政党内閣を率い、議会制民主主義の定着に貢献した。「平民宰相」として今なお国民に親しまれる存在。盛岡の生家・原敬記念館では、その生涯と政治思想を知ることができる。
逸話・エピソード
平民宰相・原敬の暗殺——日本初の本格的政党内閣の終焉
原敬は1918年に华族・藩閥・軍人によらない日本初の本格的な政党内閣(立憲政友会)を組織し「平民宰相」と呼ばれた。普通選挙制度には反対したが、教育・鉄道整備など内政に尽力した。しかし1921年11月4日、東京駅で右翼青年に刺殺され、享年66歳で急逝した。その死は大正デモクラシーの終わりの始まりとも評される。
─ 完 ─
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