1579年(天正7年)、徳川家康の三男として遠江国に生まれた。母は側室の西郷局。1600年の関ヶ原の戦いでは中山道を進軍中、真田昌幸の上田城攻めに手間取り、本戦に間に合わないという大失態を犯した。家康の激怒を受けたが、1605年に第2代征夷大将軍に任命された。将軍としては武家諸法度・禁中並公家諸法度を制定し、大名統制と朝廷統制を確立。外様大名の改易を積極的に行い、幕藩体制の基盤を固めた。1614-15年の大坂の陣では大軍を率いて参戦し、豊臣家を滅亡させた。1623年に将軍職を家光に譲り大御所となったが、実権は握り続けた。1632年(寛永9年)1月24日、54歳で没した。