東京府本郷生まれ。父・則義の死後、家計を支えるために小説家を志した。中島歌子の萩の舎で和歌を学び、半井桃水に師事して小説の修業を積んだ。当初は経済的に苦しく、下谷龍泉寺町で荒物・駄菓子屋を営んだ時期もあった。この体験は後の作品に生きた。1894年から「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」などの傑作を次々と発表し、この時期は「奇蹟の14ヵ月」と称される。吉原遊郭周辺の下層社会に生きる人々の哀愁と生命力を、古典的な雅文体を駆使して鮮やかに描き出した文体は独自の境地を開いた。しかし肺結核のため1896年に24歳で早世した。プロの作家としての活動期間はわずか数年に過ぎなかったが、その作品群は近代日本文学の至宝とされる。現行の五千円札の肖像として長く親しまれ、女性作家の草分けとして今なお多くの人に愛されている。文京区の旧居跡には「樋口一葉旧居跡・一葉ゆかりの地」が整備されており、短くも鮮烈な生涯を偲ぶ人々が絶えない。