得宗専制の頂点で傀儡となった皇子——平禅門の乱と永仁の徳政令
久明親王が将軍を務めた19年間(1289〜1308年)は、北条得宗家が幕政を完全に独占した時代の絶頂であった。1293年、内管領・平頼綱が専横をきわめた末に北条貞時に誅殺された平禅門の乱が起き、翌1297年には御家人の窮乏を救うための永仁の徳政令が発布された。いずれも幕府の存亡に関わる重大事件だったが、将軍・久明親王はそのいずれにも何ら関与できなかった。将軍は幕府と朝廷の儀礼的な紐帯を結ぶだけの存在に成り果てており、このことは後に後醍醐天皇が「名目だけの将軍」を批判して倒幕運動を起こす際の遠因の一つとなった。