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PERSON
北条煕時
北条煕時
十二代執権
1279-1315 · 享年 36歳
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生涯
1279年生まれ。北条義時の曾孫にあたる赤橋流(あかはしりゅう)北条氏の出身。赤橋流は北条義時の子・重時の系統であり、後に最後の執権・北条守時や足利尊氏の正室・赤橋登子を輩出することになる一族である。煕時は評定衆・連署などの要職を歴任して幕政の実務に精通した。1311年、第10代執権・師時と第9代得宗・貞時が同年に死去するという混乱の中、翌年第11代執権・北条宗宣が就任したが在任わずかで辞任、第12代執権として煕時が就任した。この時期は得宗家の権威が揺らぎ始め、内管領の長崎氏が幕政を左右するようになっていた。煕時は幕府後期の難しい状況において執権の職務を誠実に果たし、行政の継続性を保つことに努めた。1315年に36歳で没し、後任として赤橋流の北条基時が第13代執権に就任した。幕府末期の権力移行期において、赤橋流という一門の連続性の中で着実に職責を全うした人物。
人物像
幕府末期の難しい時代に職務を全うした。得宗家の権威低下という困難な状況にあっても執権としての責務を果たした。
歴史的意義
幕府末期において執権の職を担い、次代への橋渡しを行った。
逸話・エピソード
赤橋流の二代続いた執権——幕末の安定を支えた一門
北条煕時は赤橋流北条氏(北条義時の子・重時の系統)の出身で、第12代執権に就任した。得宗家の権威が揺らぎ内管領・長崎氏が幕政を左右する難しい時代にあって、煕時は評定衆・連署を歴任した行政経験を活かし、執権としての職責を誠実に果たした。1315年、36歳で没した後は同じ赤橋流の北条基時が第13代執権を継ぎ、赤橋流として二代続けて幕府を支えた。なお煕時の兄弟にあたる赤橋登子は後に足利尊氏の正室となり、鎌倉幕府と室町幕府をつなぐ縁(えにし)となった。
─ 完 ─
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