1205年、二代執権・北条義時の子として生まれた。母は伊賀氏とされる。幼少期より幕政の中枢に近い環境で育ち、評定衆・連署(れんしょ)などの要職を歴任した。五代執権・北条時頼が1256年に出家(最明寺入道)して名目上の執権職を六代の北条長時に譲った後も、老練な幕府重臣として政務を支え続けた。1264年に六代執権・長時が35歳で病没すると七代執権に就任した。この頃、モンゴル帝国(元朝)からの最初の国書が日本に届き(1268年)、未曾有の外交的圧力に幕府が直面しつつあった。政村は老練な経験をもって幕政を安定させながら、息子・北条時宗(八代執権)への円滑な政権移譲を準備した。1268年、時宗が18歳で執権に就任すると執権職を譲り、長老として幕府を支え続けた。1273年に69歳で没した。激動の時代において静かに幕府の継続性を守った、安定の担い手であった。