北条氏大仏流(おさらぎりゅう)の出身。大仏流は北条泰時の弟・朝直を祖とする一族で、鎌倉・大仏付近に所領を持っていたことからその名がある。宗宣は幼少期より幕政に関わり、評定衆・引付衆などの要職を歴任して経験を積んだ。1311年(乾元元年)、第9代執権・北条貞時の死に伴って第10代執権に就任した。しかしこの時期、執権の実権はすでに内管領(ないかんれい)の平頼綱・長崎高資らによって掌握されており、執権職は形式的な地位に過ぎなかった。宗宣の在職期間はわずか数ヶ月で、健康上の理由とも権力抗争の結果とも言われるが、真相は不明のまま辞任した。1312年に没した。得宗専制が頂点を迎えつつあったこの時代において、執権という公式の最高職がいかに形骸化していたかを象徴的に示す人物である。