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PERSON
北条時氏
北条時氏
泰時の嫡男・早世の期待
1203-1230 · 享年 27歳
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生涯
鎌倉幕府第3代執権・北条泰時の長男。母は三浦義村の娘(矢部禅尼)。父泰時の後継者として将来を嘱望され、若くして幕政に参画した。武芸にも秀で、承久の乱(1221年)では父とともに上洛軍に加わった。泰時が執権として幕府を安定させる中、時氏は連署や評定衆との政務を補佐し、次期執権としての資質を示した。しかし1230年、わずか28歳で病没し、父泰時を深く悲しませた。時氏の早世は北条氏の後継問題に影響を与え、その子の経時・時頼がそれぞれ第4代・第5代執権を継ぐこととなった。
人物像
父泰時の期待に応える有能な嫡男であったとされる。武芸と政務の両面で才覚を発揮し、若くして幕政を支えた。
歴史的意義
時氏自身は執権に就くことなく早世したが、その血統は第4代経時・第5代時頼と二代の執権を輩出し、北条得宗家の主流を形成した。
逸話・エピソード
父泰時の悲嘆——嫡男28歳の早世
北条時氏は父・泰時が心血を注いで育てた後継者であり、承久の乱(1221年)での上洛にも父と共に参加し将来を嘱望されていた。しかし1230年、27歳(享年28歳)で突然病没し、父・泰時を深く嘆かせた。泰時は長男を失ったのち、時氏の子たちを大切に養育した。長男・経時は四代執権、次男・時頼は五代執権となり、時氏の血統は北条得宗家の主流として幕府を支え続けた。嫡男を亡くした泰時の悲しみは、後の御成敗式目制定(1232年)への尽力にも反映されたとも語られる。
─ 完 ─
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