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PERSON
北条時行
北条時行
高時の遺児・中先代の乱
1325?-1353 · 享年 28歳
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生涯
鎌倉幕府最後の得宗・北条高時の遺児。1333年に鎌倉幕府が滅亡した際、まだ幼少であったため家臣の諏訪頼重らに守られて信濃国に逃れた。1335年、北条氏の再興を目指して信濃で挙兵し「中先代の乱」を起こした。諏訪氏・滋野氏ら信濃の武士たちの支援を受けて鎌倉を一時奪還し、足利直義を敗走させる大戦果を挙げた。しかし足利尊氏が東下して鎮圧にあたり、時行は敗れて逃亡した。その後も南朝方として何度も蜂起を繰り返したが、最終的に1353年に捕縛され処刑されたとされる。北条氏再興に生涯を捧げた悲運の若武者として知られる。
人物像
幼くして一族を失いながらも北条再興の志を貫いた不屈の若武者。何度敗れても立ち上がる執念は、滅亡した一族への深い忠義心に支えられていた。
歴史的意義
中先代の乱は足利尊氏が東下する口実となり、建武政権崩壊と南北朝分裂の引き金となった。近年は漫画『逃げ上手の若君』の主人公として注目を集めている。
逸話・エピソード
中先代の乱——鎌倉を一時奪還した北条再興の夢
1335年7月、北条時行は信濃の諏訪氏ら旧幕府方武士の支援を受けて挙兵し、短期間で鎌倉を奪還した。足利直義を敗走させ一時は鎌倉を手中にしたが、尊氏が幕府の許可なく東下して鎮圧した。この乱は足利尊氏が建武政権と対立する口実を与え、南北朝時代の幕開けを引き起こした歴史的転換点となった。近年は松井優征の漫画『逃げ上手の若君』の主人公として再注目されている。
ゆかりの地 — 1
菅原神社(本町田)
東京都
建武2年(1335年)7月、鎌倉幕府滅亡(元弘3年・1333年)で散った北条得宗家の遺児・北条時行は、信濃の諏訪頼重らに擁されて挙兵し、鎌倉奪還を目指して進軍した。鎌倉街道の要所であった井出の沢(現・菅原神社境内)で、迎撃に出た鎌倉将軍府の足利直義(後醍醐天皇の建武政権のもと、成良親王を奉じて鎌倉を守備)の軍と激突、直義を敗走させた。時行は勢いに乗って鎌倉を奪還するも、京都から駆けつけた足利尊氏の大軍に2週間ほどで敗れ、以後潜伏・挙兵を繰り返しながら南朝方として抵抗を続けた。この「中先代の乱」は後の観応の擾乱、南北朝動乱へとつながる前史として日本史上極めて重要な合戦であり、その舞台がこの町田本町田の丘であった。
─ 完 ─
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