菅原神社(本町田)
東京都
建武2年(1335年)7月、鎌倉幕府滅亡(元弘3年・1333年)で散った北条得宗家の遺児・北条時行は、信濃の諏訪頼重らに擁されて挙兵し、鎌倉奪還を目指して進軍した。鎌倉街道の要所であった井出の沢(現・菅原神社境内)で、迎撃に出た鎌倉将軍府の足利直義(後醍醐天皇の建武政権のもと、成良親王を奉じて鎌倉を守備)の軍と激突、直義を敗走させた。時行は勢いに乗って鎌倉を奪還するも、京都から駆けつけた足利尊氏の大軍に2週間ほどで敗れ、以後潜伏・挙兵を繰り返しながら南朝方として抵抗を続けた。この「中先代の乱」は後の観応の擾乱、南北朝動乱へとつながる前史として日本史上極めて重要な合戦であり、その舞台がこの町田本町田の丘であった。