鎌倉幕府最後の得宗・北条高時の遺児。1333年に鎌倉幕府が滅亡した際、まだ幼少であったため家臣の諏訪頼重らに守られて信濃国に逃れた。1335年、北条氏の再興を目指して信濃で挙兵し「中先代の乱」を起こした。諏訪氏・滋野氏ら信濃の武士たちの支援を受けて鎌倉を一時奪還し、足利直義を敗走させる大戦果を挙げた。しかし足利尊氏が東下して鎮圧にあたり、時行は敗れて逃亡した。その後も南朝方として何度も蜂起を繰り返したが、最終的に1353年に捕縛され処刑されたとされる。北条氏再興に生涯を捧げた悲運の若武者として知られる。