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PERSON
北条氏政
北条氏政
小田原の覇者
1538-1590 · 享年 52歳
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生涯
1538年(天文7年)、後北条氏第3代当主・北条氏康の次男として生まれた。兄の早世により嫡男となり、1559年に父の隠居を受けて第4代当主となった。武田信玄の娘・黄梅院を正室に迎え、武田・今川との三国同盟を維持した。父から受け継いだ領国を拡大し、北関東にも勢力を伸ばして後北条氏の最大版図を築いた。しかし1590年(天正18年)、豊臣秀吉の小田原征伐に際し、約22万の大軍に小田原城を包囲される。約3ヶ月の籠城の末に降伏し、秀吉の命により切腹。後北条氏5代約100年の関東支配は終焉を迎えた。享年53。
人物像
父・氏康の堅実な路線を受け継いだ堅実な当主。外交判断では慎重すぎる面もあったが、領国経営では善政を敷き、民政に力を注いだ。
歴史的意義
後北条氏の最大版図を築いたが、秀吉への対応を誤り滅亡を招いた。小田原征伐は戦国時代の終わりを象徴する戦いとして知られ、「小田原評定」は決断できない会議の代名詞となった。
逸話・エピソード
汁かけ飯——父・氏康を嘆かせた逸話
氏政が飯に味噌汁をかけて食べる際、一度で適量をかけられず二度に分けてかけたのを見た父・氏康は「毎日食事をしておきながら、飯にかける汁の量も量れぬとは。北条家もわしの代で終わりか」と嘆いたという。一見些細なこの逸話は、物事の見通しが利かない暗愚の象徴として後世に広まった。ただし近年の研究では、実際の氏政は北条氏の最大版図を築いた有能な当主であり、この話は後世の創作である可能性が高いとされる。
─ 完 ─
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