character/[id]

PERSON
徳川家重
徳川家重
言葉なき将軍
1712-1761 · 享年 49歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
1712年(正徳元年)、第8代将軍・徳川吉宗の長男として生まれた。生来、脳性麻痺と見られる障害があり、言語が極めて不明瞭であった。吉宗は次男・宗武を後継にすることも考えたが、長子相続の原則を重んじて家重を後継者とした。1745年に第9代将軍に就任。家重の言葉を唯一聞き分けられたのが小姓時代からの側近・大岡忠光であり、忠光は側用人に任じられて家重の意思を幕臣に伝える役割を果たした。忠光は権勢に驕ることなく忠実に仕えたと伝わる。1760年に長男・家治に将軍職を譲り、翌1761年に死去。享年50歳。
人物像
言語障害のため暗愚と見なされがちだが、実際には頭脳明晰で人材登用の眼があったとされる。忠光を通じて適切な判断を下していた可能性が近年指摘されている。
歴史的意義
言語障害を抱えながらも将軍職を全うした異色の将軍。大岡忠光との主従関係は、障害を持つ人物と理解者の絆として再評価されている。近年は小説『まいまいつぶろ』で新たな注目を集めた。
逸話・エピソード
「まいまいつぶろ」——言葉を持たぬ将軍の涙
家重は言語が極めて不明瞭で、幕臣たちは誰も将軍の言葉を理解できなかった。唯一の理解者は16歳から小姓として仕えた大岡忠光であった。忠光は家重の表情や口の動きから意思を読み取り、正確に幕臣に伝えたという。家重は頻繁に小便を漏らす症状もあり、城中で「まいまいつぶろ(かたつむり)」と陰で呼ばれていた。通った跡が濡れているためである。しかし忠光だけは家重を一人の人間として敬い続けた。1760年に忠光が先立つと家重は深く嘆き悲しみ、翌年後を追うように死去した。主従の絆は後世に語り継がれている。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U