寛永18年(1641年)、三代将軍・徳川家光の長男として生まれ、1651年に10歳で四代将軍に就任した。幼少での就任のため、酒井忠清ら大老・老中が実権を握った。就任直後の慶安の変(由比正雪の乱)では浪人問題の深刻さが露呈し、牢人救済策として大名の末期養子禁止の緩和などの政策が採られた。家綱の時代は武断政治から文治政治への転換期とされ、大名の改易が減少し、幕藩体制が安定した。また諸大名への参勤交代の制度整備や武家諸法度の改訂も行われた。1680年に嗣子なく没した。享年40歳。温厚な性格で「右衛門の将軍」とも称された。その治世は江戸幕府の安定期の礎を築いた重要な時代である。