彦根藩主・井伊直中の十四男として生まれ、長年「部屋住み」の身で「埋木舎(うもれぎのや)」と名付けた屋敷に暮らした。この苦境の時代に茶道・国学・詩歌・武術に励み、茶道の精神「一期一会」を深く体得した。兄たちの相次ぐ死により32歳で藩主となり、1858年に江戸幕府の最高職・大老に就任した。ペリー来航後の混乱の中、日米修好通商条約に天皇の勅許なく調印する決断を下し、日本の開国を実現させた。将軍継嗣問題では徳川慶福(家茂)を推し、一橋慶喜を擁立しようとした水戸・薩摩藩などの反対勢力を安政の大獄で徹底的に弾圧した。100名以上が処罰を受け、吉田松陰・橋本左内ら多くの志士が処刑された。この強権政治への怨恨から、1860年3月3日の桜田門外の変で水戸・薩摩の浪士17名に暗殺された。「一期一会」の言葉と茶道書「茶湯一会集」を世に残した文化人でもあった。井伊直弼の「一期一会」の精神は今も茶道の世界で深く尊重され、彦根城博物館では彼の遺品が大切に保存されている。