室町時代の臨済宗の禅僧。後小松天皇の落胤とも伝えられる。6歳で京都・安国寺に入り出家。厳しい修行の末、堺の禅僧・謙翁宗為に師事し、さらに大徳寺の華叟宗曇に参じて印可を受けたが、その証書を焼き捨てるという型破りな行動に出た。形式主義や権威を嫌い、庶民の中に飛び込んで酒・肉・女性を厭わない奔放な生き方を続けた。「狂雲集」などに収めた漢詩・詩歌は現代でも高く評価される。応仁の乱(1467年)の戦火を避けて各地を転々とし、77歳で大徳寺住持となった。晩年は盲目の女性・森侍者と深い愛の関係を結んだことでも知られる。88歳で入寂。頓知話でも有名で「一休さん」として現代の子どもにも親しまれる。