1394年に生まれ、後小松天皇の落胤とされる。幼くして安国寺(京都)に入り出家したが、やがて禅宗の形式主義を嫌って破天荒な遍歴の修行の道を歩んだ。臨済宗大徳寺派の僧でありながら、酒を飲み、女性との交わりを公言し、権威や富者を嘲笑しつつも、真の禅の悟りを根気強く追求した。応仁の乱(1467-1477年)によって荒廃した大徳寺の再建に晩年の精力を注ぎ、後に大徳寺の住持に就任した。茶道史においては、村田珠光に禅の印可(悟りの証明書に相当する墨跡)を与え、茶の湯に禅の精神を導入する直接のきっかけを作ったことで極めて重要な存在である。「一休さん」として頓知物語の主人公となり、日本で最も親しまれる歴史上の僧侶の一人として今も愛されている。1481年に87歳で没した。