生駒親正
生駒親正
讃岐水城の祖
1526-1603 · 享年 77歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
丸亀城を訪れると出会えます
ゆかりの地 2か所
生駒親正を訪ねる
2 ヶ所
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生涯
大永6年(1526年)頃に生まれたとされる。織田信長、次いで豊臣秀吉に仕えて各地を転戦した。天正15年(1587年)の九州征伐後、秀吉から讃岐一国を与えられて高松に入封。瀬戸内海に面したこの地を選び、天正18年(1590年)に海水を直接引き込んだ堀を持つ水城・高松城を築いた。文禄4年(1595年)の検地で石高12万6200石が確定。慶長2年(1597年)には讃岐の支城として亀山に丸亀城の築城を開始し、6年をかけてほぼ現在の姿に完成させた。晩年は秀吉政権下で中村一氏・堀尾吉晴とともに「三中老」の一人として政務に参与した。慶長7年(1602年)に隠居して家督を子の一正に譲り、慶長8年(1603年)に没した。高松・丸亀という香川県を代表する2つの名城の礎を築いた武将として、両城の史跡に名を残している。
人物像
温厚で調整型の人物とされ、秀吉政権の「三中老」に選ばれるなど実務・調整能力に長けていた。海に面した立地を選ぶ築城の眼力も高く評価される。
歴史的意義
日本三大水城のひとつ・高松城と、日本一とも言われる高石垣を擁する丸亀城という、香川県を代表する2つの名城の礎を築いた。両城は現在も国指定史跡・観光地として親しまれている。
さらに深く
家系図
家系の記録は未登録です。
─ 完 ─
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