大永6年(1526年)頃に生まれたとされる。織田信長、次いで豊臣秀吉に仕えて各地を転戦した。天正15年(1587年)の九州征伐後、秀吉から讃岐一国を与えられて高松に入封。瀬戸内海に面したこの地を選び、天正18年(1590年)に海水を直接引き込んだ堀を持つ水城・高松城を築いた。文禄4年(1595年)の検地で石高12万6200石が確定。慶長2年(1597年)には讃岐の支城として亀山に丸亀城の築城を開始し、6年をかけてほぼ現在の姿に完成させた。晩年は秀吉政権下で中村一氏・堀尾吉晴とともに「三中老」の一人として政務に参与した。慶長7年(1602年)に隠居して家督を子の一正に譲り、慶長8年(1603年)に没した。高松・丸亀という香川県を代表する2つの名城の礎を築いた武将として、両城の史跡に名を残している。