桶狭間の後継者——父の仇を討てずに今川氏を滅ぼした凡庸な息子
今川氏真は桶狭間(1560年)で父・義元が討たれた後に今川家当主となったが、指導力を発揮できなかった。1568年、武田信玄・徳川家康が今川領に挟撃を加えると(甲相駿三国同盟の崩壊)、氏真はほぼ抵抗できずに逃げ続け、1569年に掛川城で家康に降伏した。ここに約150年続いた今川氏の実質的な支配が終わった。しかし氏真は蹴鞠(けまり)の名手として知られ、江戸時代初期まで長命を保ち、80歳で没したとされる。戦国の能力主義から見れば無能の烙印を押された人物だが、文化人としての才能は高かった。