1520年に堺の有力商人今井家に生まれた。師・武野紹鴎の娘を娶り、紹鴎から多くの名物茶道具を受け継いだことで、茶の湯における地位を確立した。天下統一を目指す織田信長に誰よりも早く接近し、堺の商業ネットワークを活用して鉄砲・火薬などの軍需物資を独占的に供給した。その見返りとして堺の代官職と各地での商業特権を獲得し、富と政治力をともに強化した。このように茶の湯と権力を結びつける政商としての手腕は当時類を見なかった。千利休・津田宗及と共に「天下三宗匠」と称されたが、同時代の茶人の中でも政治的影響力は最大であった。1593年に74歳で没した。