文禄元年(1592年)、関東郡代・伊奈忠次の次男として生まれた。元和4年(1618年)、武蔵国赤山(現・埼玉県川口市)に7000石を拝領し、寛永6年(1629年)頃、荒野を切り拓いて赤山陣屋(赤山城)を築いて拠点とした。父の跡を継ぎ関東郡代となり、同年には見沼を堤防で締め切る見沼溜井・八丁堤の築造、荒川の瀬替え(熊谷市〜川島町間の流路変更)を行い、荒川を入間川筋に付け替えて洪水被害を軽減させた。寛永12年(1635年)には江戸川の開削にも着手し、利根川東遷・荒川西遷という関東治水史上最大級の事業を主導した。承応2年(1653年)に62歳で没するまで、赤山陣屋を拠点に関東郡代を約35年間務めた。以後も伊奈氏はここを拠点に160年以上、幕府直轄領を統治し続けた。