神戸市生まれ。一橋大学在学中の1956年に小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞し、文壇に鮮烈なデビューを果たした。昭和30年代の若者文化「太陽族」ブームを巻き起こし、映画化もされた。政界には1968年の参議院議員選挙に全国最多得票で初当選し転身。衆議院議員・環境庁長官・運輸大臣などを歴任した後、1999年に東京都知事に就任。以後4期(2012年辞職まで)にわたり都政を担い、東京の国際競争力強化、新銀行東京設立(後に経営破綻)、2016年東京オリンピック招致活動などを推進した。靖国神社参拝を積極的に続け「日本人として当たりまえじゃないか」と発言し、靖国問題における右派の論客として知られた。2012年には国が動かないとして都として尖閣諸島購入を主導、結果的に国有化を促した。同年に国政復帰して日本維新の会共同代表となったが2014年に政界引退。弟は俳優・石原裕次郎(1934〜1987年)。享年89歳。その歯に衣着せぬ言動は称賛と批判の両方を集め続けたが、戦後日本の政治・文化双方にまたがる異色の存在として昭和・平成の日本を体現した。