石川久式
石川久式
幸山城主
1557-1575 · 享年 18歳
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生涯
備中・幸山城主。父・久智が永禄10年(1567年)の明善寺合戦での負傷がもとで没した後、家督を継いだ。元亀2年(1571年)、毛利元就に従い九州出陣中に尼子勝久勢に幸山城を奪われるが、これを奪回した。天正3年(1575年)、義兄・三村元親が毛利氏から離反すると武勇の義理から加勢し、備中松山城の戦いで副将格として奮戦するも敗北。幸山城下の岡谷城に逃れたが、家老の内応で小早川勢に包囲され、19歳で自刃した。
人物像
若くして家督を継ぎ、一度は奪われた居城を自ら奪回した気概の持ち主。義理を重んじ、劣勢と知りつつ義兄・三村元親に加勢する道を選んだ。
歴史的意義
19歳での壮絶な最期は、備中兵乱における三村方国人衆の悲劇を象徴する出来事として、幸山城跡と共に語り継がれている。
─ 完 ─
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