石母田光頼
石母田光頼
伊達氏譜代の重臣・石母田城主
生没年不詳(16世紀) · 享年 45歳
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生涯
伊達氏譜代の重臣で、代々陸奥国伊達郡の石母田城を居城とした石母田氏の当主。伊達稙宗・晴宗の二代に仕えて奉行職を務め、天文11年(1542年)に始まった伊達家の内乱「天文の乱」では晴宗方に属して戦った。乱が晴宗方の勝利で終結した天文17年(1548年)以降、石母田城主・当主としての地位を固め、天文22年(1553年)には晴宗から石母田村など数郷の所領を安堵されたほか、将軍・足利義輝から従五位下・安房守に叙任された。永禄2年(1559年)に嫡男・景頼が石母田城で誕生している。
人物像
主家の内乱を勝者側で乗り切り、奉行として伊達家の実務を支えた堅実な譜代の臣。
歴史的意義
石母田氏は光頼・景頼と続き伊達家を支えたが、天正19年(1591年)の政宗の岩出山転封に伴い伊達郡が没収され石母田城主の地位を失った。景頼の系統は後に桑折氏を継承し、伊達一門として存続した。
さらに深く
家系図
家系の記録は未登録です。
─ 完 ─
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