大日本帝国憲法の制定——伊藤博文が作った近代日本の政治的基盤
伊藤博文は1882年から欧州各国の憲法を視察し、プロイセン型の立憲君主制が日本に最適と判断した。帰国後、1885年に太政官制を廃止して内閣制度を創設し、自ら初代内閣総理大臣に就任した。1889年に大日本帝国憲法を発布し、翌1890年に帝国議会が開設された。この立憲制国家の確立は日本が「文明国」として国際社会に認められる礎となった。1909年10月26日、哈爾浜駅で朝鮮の独立運動家・安重根に暗殺された。享年68歳。その死は日本の朝鮮への植民地支配を正当化する議論に利用されることもあった。