一刀斎は伊豆大島という絶海の孤島で幼少期を過ごした。島では本格的な剣術の師を見つけることはできなかったが、自然の中で体を鍛え、独自の感覚を磨いた。島を出た後は各地の道場を訪ねて腕を試し、やがて33回の真剣勝負をすべて制する無敗の剣豪となった。孤島という特異な環境が、既存の流派にとらわれない合理的な「一刀」の剣風を生んだとされる。
一刀流の極意は「一刀両断」——すなわち無駄な太刀を交えず、一振りで相手を制することにある。一刀斎は「百の太刀を振るうより、一の太刀に命を懸けよ」と説いた。この思想は単なる技術論ではなく、剣における精神の在り方を説くものであった。迷いなく一撃に全てを懸ける覚悟こそが、一刀流の根幹であり、後世の剣道における「一本」の概念にも通じている。
一刀流の正統を弟子の小野忠明に譲った後、一刀斎は忽然と姿を消した。ある説では出家して仏門に入ったとされ、また別の説では再び諸国遍歴の旅に出たとも言われる。「剣の道を極めた者は、最後にはその剣をも手放す」という解釈もなされ、塚原卜伝の「無手勝流」にも通じる境地に至ったのではないかと推測されている。確かな消息は今も不明であり、この謎めいた最期が一刀斎の伝説をさらに深いものにしている。