character/[id]

PERSON
梶原景季
梶原景季
宇治川の好敵手
1162-1200 · 享年 38歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
1162年生まれ、梶原景時の長男。父と同様に源頼朝に仕え、武勇に優れた武将として知られた。1184年1月の宇治川の先陣争いでは、頼朝から賜った名馬「磨墨(するすみ)」に乗り、佐々木高綱と渡河一番乗りを競った。しかし高綱の「鞦が緩んでいる」という偽りの言葉に気を取られた隙に先を越され、惜しくも一歩遅れをとった。同年の一ノ谷の戦いでは、箙(矢筒)に梅の枝を挿して戦場に臨んだ「箙の梅」の逸話で知られ、武勇と風雅を兼ね備えた武将として称えられた。父・景時は頼家政権下で御家人の反発を受けて失脚し、1200年に一族と共に鎌倉を追放された。景季も父に従い駿河で迎撃に遭い、同年に討ち死にした。享年38歳頃。「箙の梅」と宇治川の逸話は「平家物語」に詳しく描かれ、能や歌舞伎の題材にもなっている。
人物像
武勇と風雅を兼ね備えた武将。箙に梅の枝を挿して戦場に臨む美意識は、武士の中でも際立っていた。父への孝行も篤かった。
歴史的意義
宇治川の先陣争いと「箙の梅」は「平家物語」の名場面として知られ、能や歌舞伎の題材ともなった。風雅な武将の象徴的存在。
逸話・エピソード
箙の梅——戦場に風雅を持ち込んだ武将の美意識
1184年2月の一ノ谷の戦いで、梶原景季は矢筒(箙)に梅の枝を挿して出陣したという逸話が伝わる。当時は梅の花の盛りであり、景季は戦場においても花を愛でる風雅の心を忘れなかった。この「箙の梅」の逸話は平家物語に収録され、武勇と文雅を兼ね備えた武士の理想像として語り継がれている。宇治川の先陣争いでは一歩遅れをとったが、箙の梅の逸話によって景季は武一辺倒でない風流な武将として後世に名を残した。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U