金森宗和
金森宗和
姫宗和
1584-1657 · 享年 73歳
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へぇ、と思う三話
姫宗匠——公家好みの上品な茶の湯
金森宗和は千利休の孫・千宗旦に茶を学び、公家・女性に受け入れられる上品で華やかな「姫宗匠」の茶風を確立した。過度な侘びを排し、洗練された器と設えで茶席を整えた宗和流は、遠州流とならんで「きれいさび」の茶風として知られる。京の公家社会に浸透し、江戸時代の茶道に多様性をもたらした。
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生い立ちから最期まで
1584年、飛騨高山藩主・金森可重の嫡男として生まれ、本名は重近。父との不和が深まり藩主継承権を失って廃嫡され、京都に隠棲して茶の湯に没頭した。千道安・古田織部に茶を学んだことを基盤に、公家文化の優美さと繊細さを取り込んだ独自の茶風を展開した。その洗練された美しい茶風から「姫宗和」と愛称された。京都の九条家・近衛家などの公家や文化人と深く交流し、後水尾上皇(天皇)にも茶を献じた。また野々村仁清を見出してその陶芸指導にも携わり、京焼の発展に貢献したことも特筆される。1657年に74歳で没した。茶道においては流麗な美意識を持ち込んだ革新的な存在として評価されている。
人物像
繊細で審美眼に優れ、武家の出でありながら公家的な優雅さを身につけた。権力を求めず、純粋に美を追求する姿勢が多くの文化人を惹きつけた。
歴史的意義
宗和流は公家茶道の系統として独自の位置を占め、京都の茶文化に大きな影響を与えた。野々村仁清を見出し、京焼の発展にも貢献した。
家系図
1558-1615
金森可重
飛騨高山藩第2代藩主。
本人
金森宗和
1584-1657
─ 完 ─
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