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PERSON
春日局
春日局
徳川家光の乳母・大奥の実力者
1579-1643 · 享年 64歳
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生涯
美濃国の武士・斎藤利三の娘として生まれた。父・利三は明智光秀の重臣であったため、本能寺の変後に処刑され、春日局は幼少期に複雑な境遇に置かれた。1604年に徳川家の乳母選考に応募し、三代将軍・徳川家光の乳母として採用された。家光に対して秀忠・江(お江与)夫妻が弟・忠長を偏愛し家光廃嫡を企図するなか、春日局は家光を支え続けた。1629年には朝廷との交渉のため独断で上洛し後水尾天皇に謁見、勅許を得て従三位に叙された。この行為は夫・稲葉正成との離縁を招いたが、朝廷権威を利用して幕府内での地位を確固たるものにした。大奥の制度整備にも大きく貢献し、以後の大奥の礎を築いた。1643年に65歳で没し、家光は深く悲しんだと伝えられる。
人物像
強い意志と政治的洞察力を持ち、目的のためなら慣例や主君の命令にも背くほどの大胆さを持っていた。家光への深い愛情と忠誠心が行動の原動力であり、その庇護者として幕府内でも誰もが一目置く存在となった。実務能力に長け、大奥という複雑な組織を統率する傑出した組織人でもあった。
歴史的意義
大奥制度の礎を築いた人物として歴史に名を刻む。将軍家光の権威確立に貢献し、江戸時代の安定した政治体制の一翼を担った。また朝廷交渉での独断専行は、女性が公的な政治空間に介入した稀有な事例として評価される。現在も春日局は大河ドラマや映画など多くの作品で描かれ続けている。
逸話・エピソード
春日局と徳川家光——乳母から大奥の頂点、将軍家の政治的後見人へ
春日局(斎藤福)は明智光秀の重臣・斎藤利三の娘として生まれ、徳川家光の乳母となった。家光が将軍に就任する過程で絶大な影響力を発揮し、大奥の制度整備に尽力した。1629年に無許可で江戸城を離れて上洛し、後水尾天皇に謁見するという大胆な行動で幕府の権威を示した。徳川幕府の安定に大きく貢献した女性政治家として高く評価される。
ゆかりの地 — 1
大日坊瀧水寺
山形県
寛永17年(1640年)、徳川家光の乳母として権勢を振るった春日局は、大日坊に三間四方の御堂を寄進し、家光の病気平癒と武運長久を祈願した。江戸城大奥の最高権力者であった春日局による寄進は、当寺が遠く江戸幕府中枢からも崇敬を集めていた証として今に伝わる。
─ 完 ─
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